紅蜥蜴ロゴ

1969年から78年まで

通底器

1969年モモヨ16歳 劇団をへてバンド通底器を結成

電気仕掛けの蛾

1970年 16-17歳、ロックトリオとして再スタート。
バンド名をエレクトリックモスと改める。
電気仕掛けの蛾を意味する。

紅蜥蜴時代

1972年秋よりバンド名 紅蜥蜴を名乗る。18歳。
メンバーは、左より、トメ(ドラムス)、モモヨ、
ワカ(ベース)、モモゾノ(ギター)



18歳。伝説となったテレビ出演の
ワンシーン 右上の写真の頃。


セクサス

六本木『長崎物語』のハウスバンドとしてシリーズギグ『SEXUS』を敢行。19歳から20歳。
後にLIZARDファーストに収録された『プラスティックの夢』は、この時代のレパートリーである。
写真右手、ワカが手にしているのが、歌詞に登場する『銀色のハンマー』。


モモヨ
21歳、東芝EMでデモテープ制作。
その時撮影したプロモ用写真

紅蜥蜴、ミラクルヴォックス、デストロイヤーズ

『長崎物語』の後、メンバー全員が髪を切り、シンセサイザーを購入。時として、メンバー全員がシンセサイザーをこなすライブも行った。22歳、冬の埋立地にて。

デストロイヤーズ

1977年、23歳。某ファッションブランドのパーティに出演した際の楽屋にて。一番左が私。23-24歳。紅蜥蜴ではなくデストロイヤーズという4人組覆面バンドで出演。

コー(中央)は、この翌年メンバーとなる予定であったため宣材として撮影されたもの。ちなみにこの日の共演はプラスティックス。

リザード前期 紅蜥蜴最後の年

1978年、24歳。
コーをメンバーに迎え入れた直後のスナップ。
リザードと紅蜥蜴、二つの名前を使い分けていた。
いわゆる『東京ロッカーズ』初期。

 ■関連資料

東京ロッカーズ関西ツアーのうち、神戸で行われたコンサートのフライヤー。クリックして画像を拡大表示すると、第一部がフィルムコンサートだったことや、リザードが『紅トカゲ』と名前を併用していたことがわかる。

東京ロッカーズ関西ツアー 画像をクリックで拡大表示
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上は、1980年4月17日、本来、ロンドンレコーディング後のものとして掲載すべきものだが、スペースの都合で、ここに掲載。ファーストアルバムリリースの半年後、ロフト主催のコンサート宣伝チラシ。つまりフライヤー。サポートは、バナナリアンズとARB。

リザード ソロコンサート クリックで拡大表示
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