【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1140   2002/08/20.Tue.発行

■デジタルサウンズ研究室

Audacityが役に立ったという話

モモヨ


以前、デジクリ火曜日にテキストを書いていた森川氏が、自分のサイト、シリコンカフェから、ソフト『ファイヤークラッカー』のチュートリアルDVDをリリースする。

この原稿が出る頃には、もう日の目を見ているかもしれないが、このDVDは、完全なる氏のホームメードである。Macのパーソナルシステムでオーサリング、マスターディスクを作ったもので、チュートリアル用の画像制作はもちろん、ナレーション録音まで自宅で行なっている。

実は、ナレーションの録音というのは、いちばん簡単だが、これを人に聞かせることを考えると、実は、一番難しい。自宅などで録音する場合は、音楽など背後に音が鳴っていれば気にならなかったノイズが妙に生々しく浮き上がってくる。ピアノレッスン用遮音ブースや、ボーカルレッスン用ブースがあればノイズをある程度遮断できるものの、今は夏場、当然、エアコンが動いている。

遮音ブースを持っているプロでも、エアコンの送風音が気になるため、ボーカル録音時は暑いのをがまんしている、そんな例もあるくらいにエアコンの雑音は大きい。

もちろん、エアコンだけの話ではない。日中は、かなりの生活雑音が周囲にある。通常の事務所や、家庭環境なら、隣近所の建築現場の音であったり、犬が吠えていたり猫がさかっていたり、いろいろだ。

人間の耳というのは、よくできている。こうした生活雑音レベルの音声については、感知していても意識を集中しなければ無視できるようになっている。耳というより、これは脳の音声覚知システムによるのであろう。人間の場合、音源に向かって耳そのものを物理的に傾けることは、あまりない。だいたい、耳そのものを動かせる人は、そう多くはいない。

一般人が耳を動かせるものかどうかは、この際おいておこう。森川氏のDVD制作に戻ろう。

実は、先日、氏が制作中のDVDについて、あれこれ雑談をする機会があった。

そこで、ノイズに相当悩ませられているという話があった。で、私はAudacityを使うことを提案したのである。デジクリが夏休みに入っていた間に、私は、ボランティアで音声編集ソフトの日本語解説を書いていた。そのソフトである。

Audacityというのは、Win、Mac、Linux、FreeBSDなど、複数のOS上で動作するクロスプラットフォームの音声編集フリーウェアだ。基本的な編集処理に加えて、標準で、Noise Removalという処理機能が搭載されている。これを使うと、これまで除去できない類のノイズまで、セミオートマティックで、簡単に消してくれる(まだ、検証すべき点は多々あるが、ことノイズ除去については、かなりの優れものなのだ)。

もちろん、一定の対価を払えば似たような機能を持つソフトはある。しかし、Audacityはフリーウェア。インターネットに接続できる環境があれば、誰でも入手できる。それでいて、なお、このノイズ除去を実現しているのだ。これは他に類はない。そして、なによりもクロスプラットフォームだ。MacOS9.0、X対応版が用意されている。

森川氏がナレーショントラックのノイズに困っているならば、まず試してみるべきものが、このAudacity。私は、そう考えたのだった。

この話があって、2〜3日して、森川氏からメールがあった。

AudacityのMac版をダウンロードして、音声トラックにノイズ除去機能を使ってみたところ、これでかなりの程度、ノイズが減ったというのである。これまでのすべての音声をAudacityに読み込んでやることにしたという。

この報告は、うれしかった。

Audacityは、音楽家より、デジタルクリエイターに馴染みやすい仕様になっている。バージョン1.0から、OggVorbisを読み書きできたりするのも『デジタルクリエイターに自由な制作環境を!』というOggのスローガンへの賛同を表明したものに他ならない。そしてなによりも、巨大な音声トラックを整音する際に、いかに動作を軽くするか、この点に意が注がれている仕様は、将来的に映像編集を行なう場合、クリエイターにとって、この点が重要なファクターとなりうるからだ。

森川氏の例は、Audacityが本来的に期待されている場面で力を発揮できた典型なのである。

デジタルクリエイターで現在、音声トラックの処理にお悩みの方がおられれば、ぜひ、一度、Audacityを試していただきたい。インスツール法や、簡単なチュートリアルは、私のサイト、バビロニックドットコムに用意してある。けして難しくはないだろう。

音楽系クリエイターの方は、すでに何らかの音楽編集ソフトをお持ちかと思う。この手のソフトは、手に馴染んでいるものが最適なので、そうした方にはお薦めしない。ただし、ノイズ処理については、Audacityのそれも試してみた方がいいと思う。

Audacityが活躍するのは、オーサリングやプリプロのちょっとした場面での編集であろう。独自のUNDO・RECOを含む作業管理システムを採用しているため、動作が軽く、非破壊方式を採用しているため、失敗した場合は、REDOでその失敗した時点に戻ればいい。REDOについては限度がなく、いちどプロジェクトを保存した場合も、それ以前に戻れるのである。

難点があるとすれば、標準でデフォルト搭載されているエフェクト類だろう。実を言うと、あまり使いやすくない。特に、音楽のプロにとって、Audacityのエフェクトは独自表記のものがおおいせいで、混乱を招きやすいだろう。しかし、心配はいらない。AudacityはVSPプラグインに対応している。ウェブ上には、Mac版、PC版ともに、数多くの、フリーのVSPプラグインがあるので、これらをダウンロードして、自分のよく使う機能をAucacityに追加してやればいいわけだ。標準搭載のエフェクトには何ら頼らなくてもいい。

簡単に言ってしまえば、デジタルクリエイターだったら、とにかくハードティスクのどこかにインストールしておくといい。迷うことはない。ぜったい、何らかの局面で役に立つはずだ。このAudacity、および、本稿内でふれた非破壊編集方式については、私のサイトに解説があるので、それを参考にして欲しい。そして、Audacityが気に入った方がいれば、ぜひ、開発者ネットワークに参加していただきたい、それが私の願いである。

モモヨ(リザード) 管原 保雄


弾琴録2002

バビロニックドットコム日記より転載

 2002/08/15  ノイズリダクション、あるいは、穢れの払い方
今日、公開した分で、Audacityのチュートリアル、そのベーシックス部分が終了。

読めば判るように、極めて基本的な構造でオペレートできるのが特徴である。音楽ファンだけでなく、PCで音声を扱う人全てに使える。これほど紹介し甲斐があるフリーウェアは、そうあるものではない。

ちなみに、今後は、編集作業そのものではなく、その冒頭で、紹介したノイズリダクションなどのエフェクトや、マルチでサウンドを扱う場合の注意などを主として解説していくつもりだ。もちろん、基本編集についてや、サウンドファイルのフォーマット概説、デジタル音声の基礎(TBasics−1)などの傍系解説も拡充させていく。

なお、これまで説明した点の補遺として、ノイズリダクションのことを書いておく。

このタイプのノイズリダクションは、ざっくり言ってしまうと、最初にキャプチャーしたノイズ波形のパターン(位相や周波数特性などを元にノイズとソースを分離させる、その基本パターン)をソースファイルから減算していくことで、ノイズを軽減させている。そこで、重要なのは、ノイズの内容だ。キャプチャーしたノイズの主たる成分が、マイクなどの外来雑音だけなのか、あるいはPC内部のバスラインを流れる信号系や電源系を原因とするノイズなのか、というような点である。

もし、その双方が含まれているとした場合、一度のリダクションでは、間に合わない場合がある。

というのは、ノイズ解析では、ノイズ源の位相や周波数特性を解析するのだが、そこでは、主たるノイズの位相を中心に解析するからだ。マイクやライン経由のノイズは当然ながら、電子機器内部の雑音にしても、AC系のノイズなのか、はたまたデジタル回路のそれか、そして同じデジタル回路にしてもスイッチングノイズなのか、あるいはどこかのシリアルバスからもれている雑音なのか、こうしたことで、波形、位相は、違ってくる。

こうした複数のノイズが混入したトラックを処理してやる場合、リダクション量を調節しながら幾度かに渡って、処理してやるのもいいかもしれない。

いずれにしても、ノイズリダクション以前に、まずノイズのない環境を作ることが大切である。

基本的には、音声信号の流れるケーブルに気を使ったり、自作PCであれば、CDやCD−Rドライブとサウンドカードをつなぐステレオ音声ケーブルを出来るだけ短いものにしたり、その配線経路を変えてやるなどという従来の気配りがかかせない。

特に、アナログでサウンドカードとCDドライブを接続している場合、そのアースから他のデジタルノイズが混入することがあるので、もし、音声ケーブルがCPU近くや電源回路近くを経由していた場合、すこしケーブルが長くなっても、それらを迂回してやるといい結果がでる。また、これは原理を説明するとややこしくなるので、魔法=バビロニクス程度に考えていただきたいが、ケーブル長があまった場合は、サウンドカードの接続ハウジングの手前で、クルクルっと輪を描くように巻いてやるとノイズが軽減する場合がある。アナログシールドがアンテナ化して高周波を拾っている場合、コイルを形成することで高周波をなまらせ、その影響を受けることを軽減する、これがその理屈(あるいは、そのイメージ)。PCのパーツショップなどにいくと、ノイズ軽減用のフェライトなど、いろんなツールがあるので、それを使うのもいい。

オーディオ用には、チューブアンプの昔から親しまれてきた、オヤイデのオーディオ専用電源ケーブルという高価なものがある。これなど、今時の量販店で電源タップを購入することで培われた頭には大ショック!目の玉が飛び出るような価格だが、実際に効果はある。効果があるからいかに高価であっても、大昔から売れているのだ。実際に、私も、このケーブルはローノイズ環境を作る場合に欠かせないものだと思っているし、愛用している。

まぁ、私の場合は、音や電子機器を扱うのがプロだから、こうしたことは当然だが、一般的には、先に書いたような、音声ケーブルや、電子楽器やPCの電源ケーブルの配置を変えるだけでも効果があるものだ。

誰にでも出来ることといえば、電源ラインの這わせ方、チェックがある。

よく幾本かの複数の電源ケーブルラインを束ねている人を見かけるが、これはアウト。見た目がよくても、違う機器の電源ラインを平行に沿わせるようなことはノイズの観点から見た場合、タブーである。ぜんぜん異なるコンセントから電源をとっているのに、PCのノイズが電子機器に電源経由で混入するという場合、原因は、この潔癖症配線にあったりする。説明すると長くなる。なにしろ、いまや、プロでもこの潔癖症配線をする時代である。とにかく、それはダメ。そう覚えておくといい。

いずれにしろ、穢れは、元から叩かなくちゃダメなものだ。

 

 2002/08/17  ノイズ対策補足説明
……ノイズについて書いたが、その中で電源ケーブルを束ねる潔癖症配線はダメだと書いた。この点について、若干の補足説明を書いておく。

低周波は問題ないが、こと高周波になると、基板でも少々長く平行してパターンを走らせると、いとも簡単に隣のラインにノイズが乗り移るという現象が起きる。絶縁してあるから大丈夫というのは、DCや低周波の話である。高周波となれば、空間すら簡単に飛び越えてしまうのは、テレビやラジオの例を示すまでもない。

これと同じで、PCなど、高周波クロックを内部に抱えているデジタル機器では、この点が無視できないものになる。

また、アナログだろうと、デジタルだろうと、実は、たいていのノイズを筐体グラウンドに捨てるような設計になっている。実際には、デジタルグラウンドをアナロググラウンドと分離するだとか面倒くさいことはいろいろあるが、一般的にグランド=アースには、ノイズが捨てられていると考えていい。市販のノイズフィルターもコンデンサーを介して高周波クロック由来のノイズ成分をグラウンドに逃がしてやる(捨てる)というシステムをとっている。が、実は、ここで日本の電源供給方式が問題になる。例えば、PCなどでは、皆さんご存知のように、本体側では三本足の電源I/Oを採用している。普段、私達はこのうちの二本を使って電源供給をしている。三本目の足は最初から使わない。ところが、意味のない物が付いているわけはなく、三本目の足にも意味がある。接地(アース)である。実際に、電子機器内部のノイズフィルターは、これを接地してやらないと、カタログデータどおりの結果を出すことが出来ない。

ノイズをなまらせ、誘導を起こしにくくすることはできるが、設計では、この三本目のところに、コンデンサーなどでノイズを逃がし、それを地面(アース)に捨ててやる。それが一般的。ところが、それがキチンと接地されていない場合、その部分がノイズの集積所のようになってしまうだけでなく、先端が解放されている場合、送信アンテナに似た働きをする場合もある。それをオーディオ系のものと平行で走らせるとどうなるか、これについては、わざわざ言うまでもあるまい。

いずれにしても、ノイズの問題は、そんなに簡単ではない。
AC供給用の電源プラグをじっと見つめて、その極性を判断したりしながら、ソケットを抜き差ししたり、コードのひき方を変えたりしながら、カットアンドトライによって、自分の環境に適したスタイルを構築していく。プロだろうとアマチュアだろうと、対策は、これしかない。

さすれば、電源コードはまとめないことだ。
このくらいは、心得ておいて損はない。