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ビデオクリップ公開中の二曲について説明する。
弾琴録2002 3月27日の日記に加筆
掲示板で書いたように、あれはポエトリーリーディングだ。
本来的な意味では詩の朗読。いわゆる詩人の朗読会などもこう呼ばれるが、私の場合は多少違う。バンドの音に呼応して、インプロヴィゼーションで詩を吐き出していくのである。アイデア=イデアを呼び込み、それを直接、歌い上げるわけだ。これは六十年代後半の西海岸で盛んに行われた試みだ。
自分の中でどのようにして、それが可能なのか、私は知らない。私にはごく自然な行為だ。十代の頃から、バンドがリフを奏で、私が詩を紡ぎだす、それが私のパフォーマンスの核心だった。むろん、そんなものだから、なかなか理解者を得ず、当時はライブの場すら得がたかった。大手のライブハウスは当然力になってくれるはずがない。ユニバーサルミュージック現社長の石坂さんが力になってくれなければ、とうていライブなど続けてこれなかったろう。と、それはともかく、現場に立ち在った人々は、詩の誕生の場所を目撃することになる。
初期リザードとしてデビューした当時、私がバンドをやめる、と大騒ぎしたことがある。その後、パンク宣言というものを書いて、また元の鞘に戻ったけれど、その理由が『毎晩、毎日、同じ曲を同じアレンジで歌うなんて耐えられない』ということだった。
いわゆるプロになると、照明さんだとか、PAさんとの打ち合わせがあり、きちんとした予定調和の中でギグを重ねるようになる。テレビなどは、なおさら煩くて、顔の向きだとか、立ち位置だとか、事前に打ち合わせたように動くことが要求される。
これを今説明したばかりの言葉に置き換えると、ポエトリーリーディングが出来ないから、そういうことになる。要は、私自身の存在理由の否定に繋がるものだったから、徹底的に抗戦せざるを得なかったのだ。
このあいだのラママのラスト二曲の概略であるが、それを簡単に紹介する。
アンコールでない方が『メメントモリ DANCE
TO DEATH』
大地の底に眠る野ざらしに、雫がひたひたひたと滴り、『かれ』が目覚めるところから始まる。『かれ』は大地に偏在する詩魂。ジム・モリスンでもあり、世阿弥でもあるモノ。彼岸に渡った者達の集合体。その『かれ』が、木の根を伝い、幹をつたい、枝をわたり、つぼみにメッセージを送り込む。桜の花々、花しべに、ひそやかなメッセージを託する。……花が満開のニュータウンでは、死をしらない、現世にしがみつく魂が健全な(あるいは自ら健全だと暗示をかけた)生を生きている。墓場のない町、死が存在しない、合理主義者の町。そこに花が降り、住民が追放した死の気配で町を覆う。詩魂のメッセージは、メメントモリ(死を思え)。花の下、死の舞踏に狂う少年少女に、いま、ここに生きている真の意味を思い知れ、と『かれ』はささやく。
主題は、この世には無駄なものは何もない。つまり、いま、ここに在ることを死の側から眺め、宇宙から自分達それぞれに委託された物を知れ、そういう感じかな。
■バージョン1公開 2002年4月3日 ダウンロード
4月3日にアップしたものです。ちょっと炎がカクカクする愛嬌バージョン。
小さな画面にライブイメージを再現しようとしたり、輝度をPC用に補正したため、
レンダリングに一時間かかりました。公開とりやめの予定だったのですが、
リクエストにお応えして復活です。
■バージョン2公開 2002年4月5日 ダウンロード
4月5日夜アップした、ライブのレアなシーンを生かしたバージョン。
画像サイズは以前のものに比べて一回り小さく、輝度も再調整してないパンクAVです。
ノイズなどもそのまま、ライブの雰囲気を優先。前回同様、DV用に制作後エンコード。
今回のレンダリングは約30分かかっています。追記→4月7日輝度を若干浅くしました。
で、アンコールは『花のもとにて英霊は叫ぶ』
これは完全に余波から生まれた番外編。戦前、渋谷にて処刑された者達の魂が復讐を叫ぶというもの。
■バージョン1公開 2002年4月7日 3.59MB ダウンロード
■バージョン2HQ版の公開は終了しました。
いずれにしろ、過去にリザードとして発表した多くの作品群も、その原初的な形は、みな、こうしてギグの最中に私の中にやどったものだ。あとは、その形をさらに有効な形に刻みこんでいけば作品ができる。
レコーディングという作業で懐胎したカタチを本来のものに出来得る限り近づけるのである。むろん、そのものずばりには簡単にはならない。それゆえに現在進行形のライフワーク、ロストワールドのような形での作業が必要になる。
……なんて、うまく伝わったかどうかわからないけれど、とにかく、ギグでやったものは、本年中に、かのドアーズの蜥蜴の祝祭に近い形態の連作として、スタジオ録音するつもり。固定した作品になると、また違う魅力が出せるだろう。
この夜のライブで評価が高かったスピアメンとのセッションは、また別に考えている。
モモヨ+スピアメン=××みたいな感じで、私のキャリア、スピアメンのキャリア双方を繋ぎ、かつ時系列的には、まったく異なる独立したモニュメント。そういう記念碑は、たてようと思って打ち立てられるものではない。が、今回の彼らとのセッションは、まさにそれ。
めったに成立しないものが現れたと思っている。
それこそが私達の王国なのではないか。
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