そうした五年前の記憶が頭のどこかにあったからだろう。去年の夏、松陰に関する書物をいくつか読んでみた。徳富蘇峰〈とくとみそほう〉の『吉田松陰』をハンドブックがわりに、いくつかの書物にふれていったところ、どうにか、松陰という人物が視えてきた。下田沖に停泊中の黒船にわたり、密出国を望んだが、送りかえされ、獄につながれた後、つかの間の自由を教育にささげ、安政の大獄で処刑。と、歴史の表面にあらわれた松陰は何者でもない。錯乱しした狂犬のようなイメージすらある。‘死’以外、彼のなし得たものはない。
 彼の事業は歴史の内部にあった。現実の裏側、あるいは心の内奥といってもよい。松陰なしに日本の開国は語れない。インドが独立を無くし、シナがアヘン戦争敗北によって植民地化した時代にあって、何故、日本がかろうじて独立を保ち得たのか。そのような疑問を抱く時、はじめて松陰が視えてくる。「最後ニ‘ヒトツダケ残ッタマンジュウ’ミタイナモンデネ。ミンナ、手ヲ出シカネタノサ」をいう事もあるだろうが、内的原因も考えていい。あるいは、歴史に対する‘狂気’の有効性について−−−と題する論文を書くことも出来る。
 ところで、冒頭にのべた『ノー・モア・ヒーローズ』だが、これは、ストラングラーズのアルバム第二作のタイトルでもあり、赤い花で満たされた‘美しいジャケット’が印象的な好アルバムだった。

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