問題はその用い方にある。太平な島国に不吉な黒船で接近し、大砲を乱射して沿岸の住民をおどし、無理やり交易をせまり、はては勝手に測量を開始する。これは野蛮人の所業だ。‘どろぼう’である。
 松陰の時代、アヘン戦争、インド・シナの植民地化は眼前の事であり、鎖国という状況は容易に、人々にキリスト教を利用した西洋の侵略主義を思い出させた。
 誤解されぬために一言しておくと、僕は、キリスト・ファンである。が、キリスト教となると、よくわからない。上述のことは、単に歴史的事実として記したに過ぎない。
 『大和』という名詞から‘蜥蜴’は和の思想をひきだす。そして、和の思想こそが建国の理念であると考える。聖徳太子も、和(やわらぐ)をもって貴〈とおと〉しとなす、と書き残している。
 和の思想は非英雄的である。
 僕は‘非’英雄的と書いた。反英雄(アンチ・ヒーロー)は決して英雄を否定する存在ではない。以前、僕自身、新聞に‘反体制ロック歌手’と書かれたことがあるが、あまりいい気分ではなかった。数学なんぞをひきあいに出して申し訳ないが、反(アンチ)とはプラスに対するマイナス、マイナスに対するプラスのようなもので、反がついても体制という絶対値は残る。英雄でも反英雄でも、英雄という絶対値は残る。

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