|
実際には諸々の因縁〈いんねん〉が複雑にからんでおり、例えば「ロックにとって音楽美とは?」「‘うた’とは何か?」という、より根元的な問題が頭を領していた。街をゆけば眼に入ってくるあらゆる現象がWhy〈ホワイ〉? と問いを発するそんな季節をかろうじて生きていたのである。
世阿弥の『風姿花伝』と岡倉天心の『茶の本』が僕の日々のよすがだった。中でも、『風姿花伝』の、
稽古〈けいこ〉は強かれ、情識〈じょうしき〉はなかれ。
という一語が僕をささえてくれたように思う。この言葉に身をゆだね、いわば浮身の姿勢で世の無常に対処していたのだ。ちなみに情識とは仏教語で、満身〈まんしん〉に基づく強情〈ごうじょ〉な心の意である。(岩波日本思想体系による)
だが虚無は僕を去らなかった。活字の中に出口はなかったのだ。
ヒントは思わぬところからやってきた。
それは瀬戸物屋の店頭、埃〈ほこり〉にまみれて眠っている二束三文の陶磁器だった。その多くは工場で作られた大量生産品で、図柄はプリント、あるいはシールをはったものばかりだが、中に、ひとつずつ微妙に形状の異なる湯飲みがあった。多分、年季奉公中〈ねんきぼうこうちゅう〉の年若い陶工志願の手になるものだろう。修練のため繰り返した習作のように思われた。
|