ヴェルヴェット・アンダーグラウンド再編成!?
インタビューをはじめる前に、通訳のUさんから‘さんざん’おどかされた。インタビューが気に入らなかったりすると、さっさと席を立って‘エスケイプ’してしまうらしい。だから、できるだけニコのペースに従って欲しいとのこと。
開口一番、ニコいわく、
ニコ:昨日、日本に着いてから、ずっと人と会ってばかり、コンサート以前に消耗しちゃいそう。演奏を聴く前にインタビューだなんて本末転倒じゃないかしら、そう思わない?
関係者も少々神経が‘とが’っているようだ。ニコも不機嫌な表情をあらわにしていたが、ささやかな満足を楽しんでいる様子は隠せない。‘ワガママ’を通した後の高慢な少女というところだ。もっとも、彼女は47才。僕より15年もよけいに生きており、22才の息子がいる。ちょっと見たところ女流作家という感じだ。もはや美少女とはいえない。しかし、彼女自身もいうように、僕達は、彼女が生き残っている不思議に目をむけるべきだろう。
ニコ:もしも……ネ、もしもヴェルヴェット=アンダーグラウンドが再編した場合、大きなホールでプレイできるかしらね?……年内に実現するかもしれないのよ。だって、メンバー全員が生き残っていることだし……。
という彼女の言葉を耳にするまで考えたこともなかったが、なにしろ『ヘロイン』を歌ったバンドである。メンバー全員の生存は特筆すべきことだ。ルー=リードも参加するのだろうか?
ニコ:それが問題なの。彼はエゴイストだから、なかなか他人〈ひと〉とは‘ウマク’やっていけないのよ。
では、彼女は他人とウマくやっていくことを考えているのだろうか?
ニコ:そう。人とつきあう時、星占いにたよることもあるわ。天秤座が私の星座、上昇宮は牡羊座。本質は‘風’だから、魂が体からぬけ出して、そう、白昼夢を視やすいのね。つまり幻視者、あぶないのよ。(と自分の頭を指す)そんな私を牡羊座の‘火’が現実生活につないでくれるのね。
どうやら彼女にとって上昇宮の火は大事な存在らしい。天秤座のことより上昇宮にこだわり続ける。インタビューの間、つい忘れてしまった映画(それは古代日本の物語‘だそううだが’)その名前をずっと考えていたり、とにかく、モノにこだわる性分らしい。
ベーコン、ゴヤ、ロルカ、そしてボードレエル……。
−−−以前、どこかのインタビューでフランシス・ベーコン(画家)の絵が好きだっていってましたね?
ニコ:アッ、そんなことも知ってるの?確かにそう答えたけれど、ホントいうとね、私の好きなのは‘ゴヤ’!
彼女は「ゴ!」「ヤ!」と一音ずつ区切って発音した。『出た!!』と僕は思う。かねてから、ゴヤの残忍な視線は日本人の理解が届かぬもの−−−そう考えている僕にとって、これは断絶宣言に等しい。ゴヤの作品は、同じスペイン名物の闘牛とならんで、僕の眼には魂の暗黒部分としか映らない、最もヨーロッパ的な存在といえる。
ニコ:あと、ダリとか好きね。シュール=リアリズムとか、ダダイズムとか、とにかくあのへんが好きなのよ。
ダリに『大戦の予感』という有名な作品がある。青空と砂漠、、そして岩石の乾いた光景。残酷な白光は陰影に存在する余地を与えない。そう、ニコにも砂丘をテーマにした詩がある。そんなことをきいてみたが、彼女は答えてくれなかった。しかし、時々微笑んでくれるので安心だ。
自分の居住する風土を意識的に分析することは出来ない。それは、魚が水を、鳥が空気を意識するようなものだ。ヨーロッパ文明はオリーブしか育たぬような荒地−−−ギリシャを発祥の地とする。ヨーロッパ人にとって、荒地は、岩と砂の世界は、生来のもの−−−いうなれば開拓すべき土地である。しかし、僕達が詩などに砂漠という言葉を使う場合、それには、この豊饒〈ほうじょう〉な自然が破壊された後に来るべきもの−−−という考えが多くふくまれている。つまり、それは‘カタストロフィー’の結果であり、破局によって崩壊した希望の象徴であることが多い。しかし、スペインやギリシャでは、荒涼とした岩と白砂、そして青すぎる空によって構成される光景こそが本来的なものといえ、人間は、その風土と対決し、それを支配することで、その勢力を拡大してきたのだ。ゴヤの乾いた視線は、そんな風土の生んだものだ、そして……。
ニコ:そして、ロルカ。ガルシア=ロルカはステキ!
と、ライン・ナップに新人が参加し、僕の思考の糸は、さらにもつれる。《ガルシア=ロルカ−−−詩人、ジム=モリスンが一時期傾倒していた》という情報が意識の表層にうかびあがる。
ニコ:あとは……そう!ロートレアモン!知ってるの!?彼が南米人だってことは?
こう話してきて、‘ダダ’やシュールという前述の用語が、文学年表的な区分ではないことがわかってきた、ニコの言葉をかりていえば、それは血族的なものなのだ。そして、彼女自身、自らをこの血統の一人だと認識しているようだ。この種族には、ランボーやヴェルレーヌも連なっている。二人とも十九世紀末のデカダン詩人である。話しているうちに‘ニコ’が視えてきた。
−−−プリ=ラファエロ(ラファエロ前派)とか好きそうだけど……。
ニコ:昔はバーン・ジョーンズが大好きだったわ。ある一時期、夢中になっていたことがあるの。
−−−じゃ、オスカー・ワイルドなんか読んだりしたわけだ。
ニコ:もちろん!彼の短編に『もはん的億万長者』っていうタイトルの作品があるの。それこそ小品っていう感じで、とても短くて……そう、まるで散文詩ネ……とれをくりかえし読んだわ……知ってるかしら……。
−−−知ってる、知ってる、学生の頃、ワイルドの有名じゃない短編を集めたものを読んだから。
ニコ:ホント!?私は‘あのムード’が好きなのよ。わかるでしょ?イスラム的……とでもいうのかしらね。あの美しさは尋常〈じんじょう〉じゃないわ。
宙空をみつめているニコの瞳に遠い日々が映る。彼女にも夢見る少女時代があったのだ。当然、僕にもそんな日々があった。ニコやヴェルヴェットの影響下に思春期をすごしたからだろうか?興味の対象だったもののほとんどが共通する。デカダンを気取り、ボードレエルの『悪の華』を自分なりに試訳したことすらある。去年、発表した『聖家族』という歌は、そのことの詩に手を加えたものだ。本来はボードレエルのヴァリエーションだった。「ボードレエルは読まなかったの?」つい趣味の質問にはしってしまう。
ニコ:そう、ボードレエルよ。『悪の華』が私の本当の愛読書。(彼女は“フラール=ドュ=マル”と仏語で発音した)初版すら持っているのよ。
−−−そ、そいつはスゴイ。だって、100年前だよ。たいへんな値打ちもんじゃないか!!
ボードレエルの話が出てから、ちょっとしたことが気にかかりだした。誰でも、発語の瞬間、言うべき言葉を忘れてしまうことがある。ニコは、それがひんぱんに起きるのだ。彼女がつかもうとすると、まるで生き物のようにイメージが逃げてしまう。彼女が宙をみつめるのは、そんな時らしい。内部の空白を意識しはじめると、他のことなど考えられやしない。それは当然だ。しかし、彼女は執拗に言葉をさがす。例えば、このインタビューの最中も、前述のように日本を舞台とした映画のタイトルを考え続けており、十分おきぐらいに、その話に戻る。黒い表紙のノートを手元に置いているのは、忘備のためらしい。
何故、ボードレエルから健忘症へ話が飛んでしまうのかというと、晩年の詩人が失語症をわずらっていたことを、ふいに思い出したからだった。彼の病因を‘アヘン’吸飲というものがあるのも理由のひとつだろう。
ヘロインは最悪、危険すぎるわ。
と、急にケミカル(化学薬品)のことをきいてみたくなった。
ニコ:ケミカル?どんなケミカルのこと?具体的に名前をあげてみて。
−−−憎むべきエンジェル=ダストなんかは?
ニコ:最悪。何にもわからなくなっちゃうんだから……つまんないものよ。メロメロになってブラック=パンサーの女を殴っちゃったらしいの。私は何もおぼえちゃいないけど、とにかくやっちゃったの。それでツケ狙われて……結局7年間もニューヨークに入れなかったのよ。つまり、エンジェル=ダストに大事な7年間を盗まれたようなものよ。
−−−じゃ、ヘロインなんかは?
ニコ:アレも最悪、危険すぎるわ。多くの子供達が愛をなくして……両親すら識別できなくなって、平気で両親を殺すような子供達がそこら中にいたわよ、ひと頃は。みんな不幸になるわ。ルーはエゴイストだってさっき言ったじゃない。
−−−『パブリック・プライヴァシー』にはケミカルの事も書くの?
ニコ:えっ!?『パブリック・プライヴァシー』のコト知ってるの?
−−−いや、『サウンズ』かな?去年の夏、どこかインタビューで喋ってたじゃない。最も内容までは−−−。
ニコ:わかるわけないわよね。私だってわからないもの。内容は私の半生記。それをフィクションとして発表するつもりでいるの。だって生きてる人が多勢いるんですもの、そりゃ実話ってわけにはいかないわ。まだ、タイトルもハッキリ決まっていないの。『パブリック・プライヴァシー』は仮題よ。少し‘おおげさ’すぎるような気もするし……。あのタイトルはやめようと思って−−−。何かいい言葉ないかしら……
−−−どのくらい書けてるの?
ニコ:どうにか準備だけは進めているってところかな。いつもプランばかり先行しちゃって……ダメね、私みたいな‘ナマケモノ’は。
−−−その本、楽しみにしてるから、ガンバッテ書いてくださいよ。(ここでスタッフの「そろそろ終了してくれないか」といいう声がはいる)もう、そろそろ終えなくちゃ。サヨナラ……ニコ!バイ=バイ。
ニコ:サヨナラ。モモヨ!ながい間、私を愛してくれてアリガトウ。(通訳のUさんがニコに「モモヨは一般に女の名前だ」と告げた)そう!ニ コは男の名前よ!で、モモヨは女の名前!(と叫び、彼女は初めて大声で笑った)
昔々、彼女がつきあっていたバイ=セクシャルな男がおり、その男の死んだボーイ・フレンドの名前が‘ニコ’だった。彼女は彼の名前をついだわけだ。
しかし、モモヨは単に猫の名前である。
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