そのような実験は税金を支払えるようになってから試みること〕

詩歌論雑記序、そして、あとがき
 この一年間、弾琴録に記してきたことは全て序論である。そこでは二元論のまわりをめぐって歩いたわけで、 少々、難解な部分もあったろう。ロックやパンクとは無関係な話題と感じた視野の狭いガキや、漢字が多いなどとヌカス低能は別にしても、出来る限りついてくるつもりでいた読者には悪いことをしたと思う。しかし、僕にしても辞書などを操って、中学三年くらいの学力で読めるかどうかチエックした後に書いていることは知ってほしい。これ以上、レベルを下げることは不可能だし、小学校低学年向けの文章なぞ、かえって難しくって書けるはずもない。ポジ・パンだの、ハード・コアだの、辞書に出てない言葉が使えて、日本語が使えないような人間にはなって欲しくない。
 例えば、あるミニコミで誰かの「詞と詩は違う。俺のは詞だ」というような発言をみかけたが、僕には「詞と詩の違い」なぞ理解できない。本来、詩という字は漢詩を意味する。詞の方は、祝詞‘のりと’などの用例から考えると、この国の土着的な詩歌、今だ呪術的パワーを失っていない‘それ’を意味するようだ。 その外来の詩歌を『詩』と記すことから、明治以降、西洋詩歌の翻訳や、そのスタイルをかりた創作の呼称に転ぜられるようになった。

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