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1970年頃まで、人は、こうした論理にそって行動してきた。人類は常に外へ向って進出し、ありとあらゆる謎を追求せねばならぬ。そう信じているのだ。
そして、アポロ計画のはてに、この地球に閉じ込められていることを自覚せねばならなくなった。と同時に、公害問題に明白なように、近代科学技術の問題があらわになり、 全てがエントロピーに満ちているように観ぜられ、その結果、終末論が流行するに至ったのである。
線形的思考の超克が急務だった。〔上記ノ危機感ノ、全テ、線形思考ノとりっくニヨルモノダ。〕
僕達が歴史を眺(なが)める時、隣接した異なる文化の間に、断絶を観ずることが多々ある。こうした谷間は、変化・進化が突然変異的であることを示していやしないか。そう考えたことがある。全て、重要な新文化の生成は、継起的というより爆発的に起こっている。実に歴史における発展は、跳躍的であって、継続的なものは少ない。それを線形に感じているがため、人はエントロピーや終末論にとりつかれたのだ。
1900年代初頭のウィーンに、シーレとクリムトという二人の画家がいた。エゴン・シーレはクリムトの弟子のような位置にいたにもかかわらず、クリムトの様式美を継いではいない。
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