痴人独言

「私、魚を食べました」
 と、ある少女から告白されたことがある。
 はじめは何が何やらわけがわからなかったが、どことなく思いつめた風だった。話を聞いてみると、生命〈いのち〉を食べたことを悩んでいた。それまでは自覚せず食卓にあるものを口に入れていたが、ある日、自分が食するものの生命を自覚してからノイローゼのようになっていたらしい。
 なにしろ、この世のことごとくが謎なのだから、僕に答えらしい答が出せるはずもない。結局、植物も生命であること、そして僕達もいずれ虚空へかえらねばならず、それは地球という惑星に食われるようなものだという独断的な一般論ですませてしまったが、彼女のノイローゼが実は、人間、つまり彼女自身をあらゆる動植物層の上にあるものとする誤解故なのではないか、という疑問は口にしなかった。
 その後彼女はノイローゼから開放され、病気は卒業とばかりに魚を食べている。が、いつか再発するはずだ。彼女がおちたノイローゼは決して病気などではなく、自己をとりまく世界の実相に気づいたことなのだ。健康とは不感症のことではなかろう。
 僕達が「いのち」を食うのは事実である。事実を事実として受け入れることが健康者の視点ではないか。

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