蜥蜴の眼

 本が多くて困っている。
 それなら古書店へ売るか、友人にあげるかすればよい、という人もあろうが、むろん、それは全て試みた。その上で必要最低限のと筆者が信じている)本だけを残したつもりで、それで整理がつかないのだから困っているのである。
 もっとも、以前の彼らは六畳二間を専有し、その空間の主人たる僕には足の踏み場さえなく、わずかに生存を許されていたようなかたちだったのが、今では、一方の部屋、それも二つの大型本棚とその周辺に散乱したものだけとなったのだから、文化大革命はそれなりに成功してもいる。
 粛正以前の日記には、書籍の谷間にあって、古今東西の知恵をあさっている幽鬼のような姿が記録されている。今、そのページを繰りながら、ああした書物の氾濫をひきおこした原因について考えた。二十代後半の僕には、もはや収集趣味はなかった。日記にも、その理由は記されておらず、そうした生活に入ってまもなく、僕は、音楽ばかりでなく、文章すら公表するのをひかえたから、当時のことを回想し、ここに書きつけておくのも無意味ではない。とはいえ、それは多分、僕の美意識に反する行為となるだろう。絶望とか、閉塞とかいう言葉をふりまわして、いたずらに他者を不安にするくらいなら、沈黙を守っていた方がよいに決まっている。

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