弾琴録 (抄)
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弾琴録より
LIZARD復刻版シリーズ関連記事

 ●はじめに
 2004年、夏から冬にかけて、復刻版CDシリーズ全8枚がリリースされた。
 このリリースに、私は直接関与していないが、オフィス宛てにサンプルが送られてきたので、その都度、感想などや関連する事柄を日記に書いてきた。
 思えば、ずぼらな私は、東京ロッカーズから81年までの、最初の活動休止期に至るまでの作品群に関して、これまで、正式なディスコグラフィー、解説、作品の意味など、きちんと説明してこなかったし、ある意味で、誤解されるまま放置してきたところもある。
 すでに四半世紀を過ぎた今、若干なりとも、そうしたギャップを埋める努力をする必要を感じているが、さりとて、あらためて文章を書くほどの一大事というわけでもなく、さてどんなふうにしたらいいものか、と考えるうちに、日一日と無駄に時を重ねてしまった。
 ついては、比較的まとまっている文章を日記から再掲し、本サイト内にすでにアップされている既存の資料ページらへのリンクをプラスして読者の便に付すことにした。
 以下に、それを記す。


2004/08/30  復刻CDのこと

 先週末、スカイステーションから、リザードのファーストとシングル、TVマジックの見本盤が送られてきた。添付のチラシによると、これは、前にも紹介した様に、8月25日発売。これに続いて、9月25日に『バビロンロッカー』とシングル『浅草六区・Wミーシャ』が、そして10月25日に『ジムノペディア』とシングル『SA・KA・NA』が、さらに、11月25日にライブ付ドキュメント『彼岸の王国』と『LIZARDV』が発売される予定だ。
 これまで、あまり多くを書かないで来たが、実物が手に入ったので、音のことをまず書いておこう。
 音は、いままでCD化されたものの中で、一番、マスターに近い。ロンドンでミックスした直後の音になっている。デジタル化した際の音痩せもなく、充分にアナログでのラウドネスプレーをターゲットに作られた際の骨太感が再現できている。骨ブトのサウンドの中に、エレクトリック処理されたドラムが鳴っているという当時の目論見が、再現できている。すでに購入した人から評判は聞いていたが、この調子なら、デジタル化が難しい『バビロンロッカー』も期待できる。


2004/09/16  バビロンロッカー 

 復刻版の『バビロンロッカー』と『浅草六区』が送られてきた。
 自分がタッチしていない自作CDを聴く場合、エンジニアの感性を垣間見るという楽しみがある。
 先月のファーストと異なり、今回の、バビロンロッカーは、制作当初、1980年の夏ですら、二つのマスタリングがあった。一番最初のマスターは、カッティング不可能という理由で工場から差し戻され、結局、ギリギリのところまで妥協した?マスターを作り直したのだ。
 『バビロン』のビニール版には、例えば、最後の溝をエンドレスにしてあったり、そういう特殊な工程もある。これは、クリアしたのだが、音質のとんがり具合が問題だった。そんな事情から、本当のバビロンロッカーは、永遠に失われた。本当の『バビロンロッカー』は当時の関係者しか耳にしていない。
 それはともかく、今回のCDは、実際に世に出たバージョンを元にデジタル化されている。
 LP盤は、AB面それぞれが、一つのテーマの元にまとめられていて、曲と曲の間はシームレスに繋がっていた。A面、B面、それぞれ一曲として制作されていたが、その点は微妙に違っている。今回のマスタリングでは、アナログ版のメドレー部分が微妙に切り離され、トラックそれぞれ単独にデジタル化したようだ。
 それはともかく、音質の点では、以前、キングからリリースされたCD盤より格段にいい。
 以前の盤は、オーディオ的に毒のある音が除去されていた。いわゆる、尖った部分である。ノイズになる直前の音と言えばいいか、アナログのチューブリミッター特有の高調波いわゆる歪みや、初期のチープなデジタル楽器の歪みなど、デジタルでもアナログでも、オーディオ的に問題視される成分を楽音として使ってサイバー・ラスタファリしているのが『バビロンロッカー』なのである。
 であるから、一般的に、除去されても、致し方ないのであるが、実に、その歪みが、このアルバムの魅力なのだから、キングレコードのCDを聴いた時、なんとも複雑な気分になったのを覚えている。今回のCDは、歪むべき部分が、きちんと?歪んでいる。それだけで随分と聴いた時の印象が違ってくる。
 最初に作った失われたミックスは、いつか、私自身の記憶をもとに復元してみたいと思う。
 PS 実際に届いたCDを聴いていて本サイトのサカナ歌詞解説の誤記に気付いたので、訂正しておいた。アガノガワという部分についてであるが、このバージョンでは曲のラストでやっと聞えてくる。歌詞カードには何も書かれておらず、私自身、判読不能にする目論んでフェイクしているので、これが『アガノガワ』と聞えた方は少ないかもしれない。


2004/09/23  音空間のこと

 1980年、バビロンロッカーの発表時以来、私は音の空間的処理について語ってきた。
 しかしながら、当時のユーザー側は、針を使ったプレーヤーを介して再生しているため、私が意図した空間性は、そのまま伝わらなかった感がある。そこのところがデジタル化によって解決するものと思っていたが、以前リリースされたバビロンのCDでは、この穴を埋めきれなかった。
 私が、今回のCDが旧来のものよりよい、というのは、ここの部分による。
 音がマスターに近い、というと、主体的な印象論に堕す場合が多いが、バビロンの場合は、かなり具体的なのだ。一つ例をあげて説明しよう。
 一番、顕著なのは『サ・カ・ナ』。以下の説明は、、この曲を、ユーザーが、普通程度以上のヘッドフォンでモニターしている、つまり聴いていることを想定している。
 トラックの空間構成であるが、最初、圧縮されたタイトなリズムでスタートする。リズムトラックは、どちらかというとモノに近い。
 そこにキーボードが入ってくる。このキーボードが味噌。歌前のイントロで音が整った時点で、キーボードアンサンブルは、サウンドトラックは、聴き手の、左右の耳の中心線を結んだ、平らな面を描く。この平かな面に時折、キラキラした高音のパッセージが顔を出す。
 言うまでもないが、これは、水銀の海である。歌が始まっても、水銀の海はそのままそこにある。
 歌い手、私は、その海面と空の境、海面すれすれの、かすかな海上に位置している。
 この海面上で歌う、という空間構成は、約3分まで続く。
 3分を過ぎると、水銀の海は荒れだす。曲が進むにつれて、海面は、上昇するが、これはユーザーの意識の外にある。むしろ、気付いたときに、聴き手の音世界が音の海にのまれていく、そんな感じだ。
 そして、最後に、ミニムーグのVCFをサンプルアンドホールドで発振させ、フィルターモジュレーションをかけた泡が聞えてくるときには、聴き手は、完全に海中に没している。
 だいたい以上が、ミックス時に考えた音のドラマである。
 これが、今日まで、きちんとユーザーに伝わらないできたが、今回のCDの場合、安いCDプレーヤーでも、標準以上の(5000円以上の)ヘッドフォンを使えば、私の意図が再現できる。ここが従来と違う。
 今回のバビロンを購入する方は、ぜひ、この点を確認して欲しい。
 あっと驚くことだろう。ほかにも、バンドとボーカルの位置関係や空間設計でアルバム特有の構造がある。
 ヘッドフォンを介してすらユーザーに奥行きや上下感を覚えさせる部分が随所にある。この点を再確認して、それぞれが音空間について考えてみて欲しい。
 レコーディングは、現在のようなデジタルアコースティックシュミレーターが無い時代の話だ。そうした文明の利器がない分、感覚が先鋭になっていたのがわかる。
 かつて、今から四半世紀前の音楽スタジオで私たちが目論んだものが、いまやっと見えてきている。


2004/10/18  GYMNOPEDIA 

 今日、発売元から『GYMNOPEDIA』と『SA・KA・NA』の復刻版が送られてきた。オリジナル『GYMNOPEDIA』では購入者特典として歌詞掲載した、薄っぺらな写真集を用意していたが、今回は、そのミニチュア版?が付いていた。これが可愛い、手のひらサイズだ。小型版でも、字は読めるし、モノクロでアップの写真が多いため、かえってシマッテ見えるものがある。音はまだ聴いていない。
 ところで、『GYMNOPEDIA』というのは、ジムノペディを元にして展開し、国名をあらわすY→IA変換した造語であり、その用法が正しいかどうか、言い出しっぺである私には心もとない点が多々ある。
 にもかかわらず、今でも、バンド名その他でこの言葉が生きているようだが、この言葉の正当性、用法の正否等について、もし何か問題が生じても私は責任をもてないので、そのつもりで言葉を使っていただきたい。
 そうそう、当サイトのスタジオにて『GYMNOPEDIA』収録の『セレブレーション』ライブ版を11月15日まで限定公開中だが、そのダウンロード数増加に伴い、リザードΩ(私とスピアメン・メンバーからなるプロジェクト)版のOggファイルのダウンロード数が増えている。
 どうやら、20世紀と21世紀の比較を同ソースによって楽しんでいる方がおられるようだ。これは思いもしなかった。楽しみ方は、皆さんの自由だ。いろいろあっていい。もっと驚かせて欲しい。


2004/10/19  GYNOPEDIAの音場について 

 昨日届いたCDの音についてざっと書いておく。
 一言で言えばマスターに近いものという感じ。
 1981年にリリースされたアルバムだから、当然、ステレオで録音されているが、このアルバムは、実をいうと、サラウンド対応とすらいえる音場が特徴的なのだ。
 ドルビープロロジックU再生スピーカーシステムや5.1対応PCをお持ちの方は、ぜひマニュアルのモードスイッチをMusicにして再生してほしい。
 即、確認できるはずだ。
 ヴァーチャルサラウンド再生でも了解できるかどうかは怪しいが、とにかく、このアルバムには、サラウンド再生でなければ楽しめないエフェクト成分が多く含まれている。
 そのようにして音場をひろげると、通常のステレオの定位ではなく、LR、それぞれのチャンネルで二つの異なるグルーブを奏でるバンドの姿が収録されていることに気付くだろう。
 この仕掛けのため、単純に、中央チャンネルにあわせてリミッターをかけてマスタリングすると、音が壊れてしまうことになる。
 5.1でなく単純なステレオでの再生時も、耳を鍛えてさえあれば、音の聞えてくる方向、響きが暗示する空間の形状、大きさなどを無意識下に識別できるように作られている。針を使ったオーディオ機器で再生可能ぎりぎりのところまで逆相成分を採用しているところにこの作品の特徴がある。
 傲慢なエンジニアの手にかかると、そうした特色も損なわれてしまう。いまここに書いたことは、ミキシングを担当したエンジニアKさんと私だけが知っている事実である。まさか今回のマスタリングエンジニアがこうしたことを配慮したとは思えないが、とにかく、そこが上手くいっている。これは目出度い。
 【追記】
 このアルバムの空間性については当時繰り返し語ってきたが、多くのファンはこの言葉を具体的にイメージできず、私が詩語を弄んでいると思ったようだ。私の身近でもそうだったから無理はないが、現在のオーディオ装置なら比較的簡単にこうしたことが確認できるものと思う。要チェックである。


2004/10/20  タイトル曲『ジムノペディア』におけるベースマンについて

 レコーディング技法のことを書いてきたところなので、ついでに『ジムノペディア』の三曲目、タイトル曲の録音について書いておきたい。
 この曲を根底から支えているのは、ファズベースのリフだ。このリフレインは基本的に3つの音源から構成されている。プレイしたのは、一度であったが、その録音時にニ系統にわけて録音した。(ベースの録音時にニ系統使うのは一般的だが、この時のチャンネルプランは、けっして一般的ではなかった。)
 まず、ベースから出た信号は、フェンダーのオールドベースアンプにいくラインと、エレクトロハーモニクスのベースシンセサイザーという如何にも妖しげなエフェクトの出力をコンパクトフランジャーを介して直接ミキシングコンソールに送るライン、この二つに分かれる。
 ベースアンプは、楽器にダイレクトに接続することになるから、実際スタジオ内で鳴っている音は生音である。が、アコースティック等のベースアンプとは異なり、フェンダーの真空管ベースアンプの場合、癖があるのだ。
 (通常のオーバードライブは、プリアンプ段階での電圧による飽和を原因とするが、オールド真空管アンプの場合、こと低音においての歪みはパワーアンプ段階で発生する偶数次歪みが原因だといわれる。)
 ……そうした理論はともかくとして、スピーカーから出てくるのは、超低音というか、オルガンのペダルみたいな低音。レゲエ、とくにダブで鳴っている超低音。これが重要。
 これでベースのボディを揺さぶってやれば、ライン録音しているエフェクト音にもサスティン効果が加わり、ある種、低音弦楽器を弓で弾いているようなサウンドになる。
 コンパクトフランジャーの方はLFOやスウィープを使わず、フィードバックの量を増やし、発振気味にしてフレーズを弾き、発振音がキーにあうマニュアル=ディレータイムを見つけてやる。その後、発振を抑え、一種のフィルターとして使う。コントラバスなどの弦楽器を演奏中にボディのFホール近くに耳を持っていけばわかるのだが、こうした弦楽器では、ボディのカーブ、形状に応じてフランジング現象に似た共振を発している。それをシュミレートしてのことだ。
 こうしてミキシングコンソールに送られたライン録音のファズベースは、ステレオフランジャーで左右の間をゆっくりと移動する。音空間中央には、フェンダーベースマンの直接音を配し、さらに、左右オフマイクも適切なポイントに置いて、ファズ系ベースラインの移動によって左右の位相が乱れることを補償してやる。
 と、ここまでがベース。実は、フェンダーのベースマンは、この曲の他のパートでも使っている。
 何かというと、コレが少し変わっていて、パーカッションに、である。皆さんも、これを知れば驚かれるかもしれないが、この曲では、一切、アコースティックな太鼓は使っていないのだ。
 池袋のYAMAHAから大太鼓を借りてきていたのだが、なかなかイメージどおりの音がとれなかった。そこで、大太鼓の中にマイクをセットしておいて、その向こうにベースマンのスピーカーをセット。これでシンドラ(シンセドラム)を鳴らしたのだ。曲頭のドーンというのがこれ。この他に、タブラに似たサウンドが特徴的だが、これもベースアンプのお世話になっている。シンセドラムのパッドを叩く音と、ベースマンから出るシンドラの音を空間でミックスしたのである。
 タブラも実際に使ってみたがイマイチだった。ホンモノを使ったからといって、いい結果が出るとは限らない。そういうことである。


2004/10/26  『ジムノペディア』タイトル曲のこと再再説 

 この曲の構成について書いておく。この曲は、コード理論を中心にして説明すると、C7thとF#7thのツーコードでできている。二つのコードの構成音をそのままスケール=旋法として使っており、ピアノのオブリガードやオルガンソロは、このスケールで演奏している。
 ピアノで作った曲だ。私の場合、ギターか、ベース、あるいはシーケンサーで曲を作る。ピアノから生まれた曲は、他にASIAくらいしかない。
 また、曲中でずっと右側スピーカーから聞えているマンドリンやダルシマーのようなニ弦びき弦楽器の音は、北川君のプレイをエンジニアのKさんが、ハーモナイザーで、一音一音ピッチシフトさせたもの。スケールが一般的でないため、この民族楽器風の味わいをつくるため相当苦労した。
 あと、ボーカルは、パンが固定されているものと、空間をたゆたう木霊をイメージしたもの(Lとセンターの間、その向こうにフェーズアウトしたものから、Rとセンター間の奥へと揺らぐような幅のある声)の二つに分けて処理してある。
 この空間系の味を楽しむためには、上記で述べたように、サラウンド環境が好ましいわけだが、これは厳密なそれである必要はない。例えば、余っているスピーカーが二本あれば簡単なスピーカーマトリックス回路が組める。スピーカーの極性をそのまま利用して、LRスピーカーの外側にウォール効果、つまりサラウンド効果を得るものだが、それで充分だ。小型オーディオプレーヤーでも、サラウンドだとか、ワイドだとかいうスイッチがついている。そんな機械があれば、それらの効果をオンにして聴いてみるといい。音のジャングルを木霊に誘われて流離うような擬似トリップができるだろう。


2004/11/02  ジムノペディア タイトル曲のベース録音 追加

 アルバムタイトル曲『GYMNOPEDIA』のベース録音法について、記憶を頼りにして、皆さんに紹介したが、一系統、重要なエッセンスを書き忘れた。
 この録音では、スタジオでフェンダーベースマンをならし、それをマイクで拾ったことは、すでに紹介済みだが、もう一つ、マイクで拾った音がある。
 録音時、ベーシストには、通常のスタジオではなくヴォーカルブースに入ってもらい、そこから信号をスタジオに送り、そこでベースマンを鳴らす。このベースマンの音を録音したことは、以前に書いたとおりだ。一方、プレイしているブースでは、いわゆるカラピックの音、素の音しかなっていない。このピッキングの音をひろってやったのだ。
 それもただ録音したわけでない。ベーシストにピッキングポジション(弦にピックがあたるポイント)をあれこれ変えてもらい、この曲の複雑なスケール感を損ねないハーモニクスで、かつ単純な倍音でないもの、作業中の私たちすら驚くような音を選定。以後、ベーシストは、そのポジションでプレイする。
 マイクの位置も重要だ。幾度かリハーサルして、ベース音の位相に干渉せず、なおかつ狙った音程のハーモニクスが録音できる最適なポジションを決める。この時は、フェンダーベースのヘッド近い部分とボディのテイルに近い部分だったと思う。
 こうしてマイクでひろったハーモニクスから、コンプレッサーやゲートを使いアタックのみ取り出してやり、それに発振気味のフランジャーでトリートメントしてやる。センター付近のアタックの強い音がそれだ。ベースのフレーズがサスティーンを充分に使ったものなので、ハーモニクスは全く異なるタイミングで鳴っているかのように聞こえる。ベースというよりパーカッションに近いエアー感が特徴的だが、同じベースプレイを別のラインでひろったものである。
 この音は目立つので誰でも耳につくはず。ぜひ確認して欲しい。
 この録音法のヴァリエーションは、他のバンドの録音でも使っている。たしか、スピアメンの一枚目の録音でも使ったはずだ。
 隠し味で、アップテンポの曲でこれをやった曲もあるが、それは、ここでは明かさない。


2004/11/09 ジャン・ジャック・バーネルのプレゼント

 アルバム『ジムノペディア』が、デジタルによるバーチャル空間シュミレーター・システムがプロスタジオに登場した時期に録音され、そうした、まるでテンキー操作専用のデスクトップPCのようなデバイスを最大限に利用していることは、すでに述べた。一聴すれば、サラウンドに適したサウンドなので、あらためて言うまでもない。
 もちろん、『バビロンロッカー』でも、サラウンドを意識した音をつくってもいるが、これらは、BBDなどの遅延型、あるいは移相型サラウンドシステムを意識したに過ぎず、定位の曖昧なぼんやりしたものである。
 実を言うと、イギリスを離れる時、ジャンジャックは「ファーストのマスターミックスには、エアースタジオで研究中の極秘のギミックが仕込んである。それを君たちが発見できるのは、ずっと未来のことだけど……。それを見つけられるかい?」と謎めいた宿題を私たちに与えた。
 私は、ファーストアルバムの骨太の音にギミックなど、仕込めるはずも無い、そう考えていたし、これ見よがしのフランジャーやEQくらいしか思いつけなかった。
 この仕掛を発見したのは、コウ(1-2枚目でキーボードを担当)だった。
 ファーストをリリースして数ヶ月したある日、コウが、訊かせたいものがある、そう言って私を自室に招いたのだ。部屋に入るなり、彼は、おなじみの黒いジャケットからLPを取り出し、ターンテーブルにのせた。彼が私に聴かせたいといったのは、私たちのファーストだったのだ。おなじみのイントロ。いつもと変わらぬニューキッズインザシティが流れてきた。
 「きいてもらいたかったのは、これだよ」
 A面一曲目の3分20秒前後になると、かれは、プレイモードを変えた。彼のステレオは、70年代の半ば頃に流行した4チャンネル再生可能なものだったのだ。それをノーマルステレオから、いま言うところのサラウンドモードに変えたのだ。すると、声が右左にパンニングする部分で、ボーカリストは、聞くものの背後から前面へとくるくる回りだす。途中で、逆方向に、今度は、前面を動いていき、そして楽器は、逆に動きはじめた。これには、驚いた。
 最初、私は、偶然だろうと考えた。そうコウに伝えもした。それにしても、動きが明晰で恣意的である。また、他にもこういうポイントがあちこちにある。よくあるサラウンドのような曖昧さがひとつも無く、定位もハッキリして、毎度、同じ部分で同じように音像が動く。これは、完全に、コントロールされた4チャンネルマルチサウンドではないか! そう言えば、J.Jは、ほんとうはノーマルステレオのものを別にミックスするつもりだった、そんなことも言っていた、そんなことを思い出した。
 あるいは、このことを私は、何人かの友人やミニコミレベルで話しているかもしれない。しかし、結局、関係した幾人かと話し合い、オフィシャルには黙っていることにした。なにしろ、どういう手法を使っているかもわからず、エアースタジオで極秘に開発中の手法だというのだ。下手なことは、コメントできない。
 もしあなたの身近に、Dolby Pro LogicUシステムを搭載したAVアンプと5.1サラウンドシステムを持っている友人がいたら、ぜひ、このCDをもって押しかけ、そのスイッチをオンにしてプレイしてもらいたい。Pro LogicUには、音楽と映画用、二つのモードから選択できる。通常、Musicモードを選択しないと、つまりCinemaモードを選んでしまうと遅延信号がはっきりそれとわかる残響になる。アップテンポのビートが利いたものはグルーブが変になるし、そえぞれの音の定位があまくなり、また輪郭も曖昧になるのだ。
 しかし、リザードのファーストではそれがない。というか、ほとんど、モノラル録音に近い骨太の音だ。なのに、サラウンドなのだ。
 例えば、上記のサラウンド環境で『バビロンロッカー』を鳴らしてみれば、よくわかるはず。バビロンは、Cinemaモードでは、音が曖昧にブヨブヨと広がり聴けたものではない。『ジムノペディア』は逆相成分を多く含んだ残響音などで、はなからサラウンドを意識して作っているから、比較の対象にはならない。
 私が問題にしているのは、骨太なシンプルな音でありながら、定位も含めてサラウンド環境に適合している、ということだ。さらに重大な環境による問題もあった。当時、骨太のガツンと言う音については、左右逆相では、録音できなかったのだ。針飛びを起こす危険が生ずるのである。
 エアースタジオのエンジニアは、こうした音作りについて多くを語らない。世界の最先端を行くスタジオのオ企業秘密、というわけである。
 あるいは、ジャンジャックもわかっていなかったかもしれない。
 とにかく、今、イギリスの現場が持っているテクノロジー、ノウハウの全てをこのアルバムに注ぎ込んで欲しい。他の場所でも開陳しているが、これが私のリクエストだったのだ。
 って、実は、今は、エアースタジオが何をやったのか、わかっている。私の場合、百夜独演音曲集というEP三枚として発表したプリプロ風の作品は、その手法を使っていて、一聴してちんけに聞こえるが、高級なサラウンドシステムで再生すれば、まったく違った顔が見えてくるだろう。あのEPが一部、耳のよい人に好まれているのは、それが理由かもしれない。
 ……どうやって、こういう音をつくるか、それは当然、企業秘密。おしえてあげない。


2004/11/18 LIZARDV

 この十一月にリリースされる復刻版のうち、『彼岸の王国』については、本作に私自身のノートにあるように、ある種、地引氏の作品である。ゆえに、ここでは多くを語らないが、音源のラスト『王国』について、それもドラマーのテクについて、今一度、賛嘆の意を表したい。
 リズムセクションは若林兄弟だった。弟の方がドラマーである。この兄弟のコンビネーションの凄みは、条件が悪い録音でも充分に伝わってくる。ベースとバスドラが完全にシンクしているし、絡み合ったリズムでありながら、上半身、スネアとハットは、しっかり落ち着いてビートを刻んでいる。当時の劣悪な環境で、これは驚異的なことといっていい。若林兄弟というリズムコンビは、時代と国、生まれた条件が整ってさえいれば、必ずや絶賛されたろう。
 それは、ともかく、LIZARDVのことである。
 最初の三曲(ビニール盤でのA面)は、バビロンロッカー発売記念ツアーの最中に、神戸ヤマハスタジオで関西のスタッフによって録音されたものだ。当初は、関西のスタッフで販売する予定だったが、私の逮捕によって事情を変更。関西側の好意で、逮捕時に『Save Momoyo委員会』へカンパしてくれた人への謝礼用に送付したり、廉価で販売したものだ。
 これとB面はまったく違ったトラック。
 『まっぷたつ』は、アルバム『バビロンロッカー』録音後、キングレコード側の意向で、シングル用に、ギターを加えてキーボードパートを控えめにして、四人組となったメンバー編成を意識し、ライブ演奏との落差を軽減してリミックスしたもの。ボーカルも部分的に録音しなおしている。
 逮捕がなければ、これが、『浅草六区』に続くメジャー用シングルとしてリリースされる予定だった。『リザードソング』か『自動販売機で愛を買ったよ』いずれかとのカップリングを予定していた。
 ある意味『まっぷたつ』の決定版がこれである。
 つづく、『モダンビート』『王国(インスト版)』の二曲は、ロンドン録音のマルチテープを使ったダブで、ギグでの使用を前提に制作したもの。『モダンビート』がオープニング用、『王国』がアンコール後のエンディング用。当時すでに企画していたキングレコード第三作アルバムでもオープニング、エンディングとして使う予定だった。
 バックに時々聞こえるノイズは、エアースタジオのシステム駆動用シーケンス信号。面白いので部分的に生かしている。
 以上、簡単にメモを書いてみたが、今少し、全体を俯瞰して考え直すべきかもしれない。そうしたことは、また後で……。


2004/12/01  岩石庭園

 ここ一〜二年、未発表ライブや初期の作品が再発されていることに関して、問合せをいただいた。『岩石庭園』『易経(The Book of Changes)』『百夜独演音曲集』は、どうなっている(どうする)つもりか?というのである。
 そうした疑問を懐いた方のために、まとめてコメントしておこう。まず、これまでの経緯を説明しておきたいが、これまでのリリースは、全て私が動的に動いた結果ではない、このことを頭に置いて以下のことを読んでいただきたい。
 まず『百夜独演音曲集』であるが、これは、私の手元には音源がない、というかテープは私が持っていたが、それは紛失してしまっている。今回の幾つのリマスターでは、スタンパー原盤(ヴィニール盤を量産するための原盤)から、音を起こしたというが、そうした手法で音を採集するしかなく、これに対して私は積極的ではない、ということは確か。といって否定的でもなく、従来どおり、パッシブな態度をとりつづけたい。
 次に『岩石庭園』『易経』であるが、これは、時を見て、なんとかしたいと思っている。さりとて、今、すぐに、ではない。
 特に『岩石庭園』に関わることであるが、今、現在の世界の有様が、そのままそこに描かれているからだ。前にもここで書いたが、このアルバムを作成する時、私は、なかば偶然ながらも、ツインタワーとその崩壊というヴィジョンに取り付かれていて、それを表、裏のデザインに反映させている。むろん、これを作ったのは80年代だから、すでに私たちが目撃したNYのツインタワー崩壊とは何の関係もないが、私の場合、こうした予言めいた事態がよく起きる。もっとも、自分のヴィジョンに捕らわれるとろくなことにならない、ということも熟知している私である。ここは、さらっと通り過ぎることにしたい。んで、とにかく、問題は、このアルバムを今私たちは生きなおしている、このことである。
 現在の生をより充実させ、その未来を描くこと。私は、いま、新作にそうしたヴィジョンをこめようと思っている。その最新作が完成し、皆さんの眼前に提示できるまでは、現状の不幸を予見したアルバムにアクティブに関わることは、まずないだろう、そういうことである。
 9.11、The Day以後の再生については、下にわずかに描かれている。ラザロとは、私であり、アナタである。

http://www.babylonic.com/museum/Archives/gor/07.htm