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Rockers
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on the Web 003
予告そのまま今回はスピアメン、その出会いについて、である。
スピアメン、あるいはロックにおけるチープシックについて
Momoyo The LIZARD
モモヨ(リザード)管原保雄
スピアメンの水沢君が、自作音源を持ってロフトの楽屋を訪ねてきたのは、1980年代も半ばを過ぎたある夜、たしかロフトでのことだったと思う。
この時期の私は、Doll編集長の森脇氏から、幾つかのバンドのプロデュースを依頼され、と同時に幾つかのバンドのレコーディングにアドヴァイサーとしても立ち会っており、自分の演奏よりも、新しい人々、新しいバンドの活動に対して手助けになるような活動、そこに比重を置いていた。私自身の活動には、さしたる興味がなかった。……が、一言で新しい人といっても、いざ、振り返って考えてみると、私のほうからプロデュースを申し出るほどのバンドとは巡りあえないでいたのである。
水沢君の訪問は、そうした最中だ。もちろん家に帰ってすぐ音を聞いたけれど、よくあるバンドストーリーのように音源を聴いて即ノックアウトされた……というわけではない。
この音源を貰ってから、私は、他の新しいバンド達の活動に関わる中で彼らのライブに触れていくようになり、彼らの見ているものが私に了解できたのは、そうした流れの中からだった。
当時、ドメスティックな呼称だろうが、ポジパンいわゆるポジティブパンク、ハードコアあるいはメタルコアというようなレッテル付のバンドが幅をきかしていた。私は、こういうものが昔からどうしても馴染めなかったが、ポジパンというのは、ジュネがオートモッドの解散セレモニーをメインにした企画の中で出てきたようなバンド群を主にして呼ばれていた。この場合、ポジティブというのは、パフォーマンスや音楽に対して進化の方向や進化を志す努力を捨てていないという程度の意味であろうか。プログレに近いのかもしれない。プログレパンクである。その他のメタルコアやハードコアは説明するまでもないだろう。と、まあ、レッテルは百花繚乱、バンド群は、みなバイオレンスであるとか、アートエッセンスだとか、様様な意匠に心を砕いていた時代だったのである。→【注1】
……しかし、スピアメンは地味な存在だったし、これは今も変わらない。(大体、スピアメンのメンバーが、化粧ギンギンで得体の知れないヘビメタスタイルのデカクテカッコ悪いギターを抱えステージに出てきたとしたら、まさに最終兵器である。目のやり場に困るのは、舞台上、共演者である私にとどまらないはずだ。)
サウンド的にはポジパンの流れに入る部分もあり、幾つかのそうしたバンド達と活動をともにしていたようだが、カッコも普段着で、装いには特別なところがなく、どちらかというと素朴ですらあった。そして、この素朴な攻撃性が、当時の、意匠を凝らしたバンドの群れにあっては、まさにナイフのような鋭利な輝きを放ったのである。サウンドはメタルコア以上にメタリックであり、かつ攻撃的。それでいて叙情的な部分は、過剰に叙情性をおびており、純粋な魂の結晶を見る者に思わせた。……が、普段着であるがゆえか、そうした先進的なサウンドを客は当然のように受け入れていたのだった。
当時のスピアメンを私はソフトマシーンであるとかピンクフロイドだとかに極めて近い位相でとらえていた。そうしたプログレッシブバンドは、体が肥大しすぎた鯨や恐竜のようにライブが困難になってしまったわけだが、それと同質な情感、同じベクトルにあるものを、逆に贅肉を殺ぎ落とす方向でアプローチしたものがスピアメンだった。最低限のメンバー構成で精緻な情景、内面を再現していたと考える。装飾過多のクリムトの金箔ものとエゴンシーレのスケッチを例にあげると絵画愛好家にはわかるかもしれない。この二つの相関性は、プログレッシブロックと彼らとの関係に似ている。今まで何度か書いたことがあるが、彼らがそれを自覚しようとしまいと、エゴンシーレの生理的不整合、痙攣感覚があるのである。それでいてコアには従前のロックの先人が心をつくした、いわゆるロックンロールハートを忘れていない。贅肉を殺ぎ落とした墨絵それも巌然とした北画のような味わいを湛えている。パンク精神を忘れないプログレッシブニューウェーブバンドともいえる。
そして、自然に私は彼らのファーストアルバムを世に出す手伝いをすることになった。
彼らに対して、私は、かなり高度な、あるいはシンプルかつフリーキーな録音方法を提案した。彼らのサウンドは、ギターを中心にしたチープシックなところに持ち味がある。弦楽器を中心にすえたアートロックだ。プログレッシブロックが高級なシンセやサンプラーなどによって武装したがために身重となり、ライブハウスなどで再現性を失い、機動性を失ったことに対する一つのアンチテーゼである。
基本的に、私は必要以上の多重を好まない。ライブで演奏に耐え得るアレンジさえしてあれば、ギターを多重する必要はない。エンジニアやサウンドプロデューサーに基本的テクニックがあれば、部屋の反響なりを再現して脳裏に描いたサウンドを構築できる、というのが持論だ。実は単音楽器であるベースにしても、実は豊富な倍音を持っているものである。音が薄く感じる場合は、こうした倍音をどこかで損ねているのだ。
特にバンドものの場合は、多重を施すことで台無しになることもある。リハーサルや小さなライブハウスで培ってきたバンド固有の持ち味が壊れてしまうのだ。
例えば、ギターとベースをリバーブに通して、任意の倍音を取り出したり、残響成分をドラムのエンベロープ(音量変化)で加工してやれば、リズムギターであるとか、キーボードのシロ玉(全音符)相当ならわざわざ録音するまでもない。なにしろバンドサウンドを音源として使うのだ。自然に決まっている。→【注2】
実際に、こうやって作ったサウンドは、あたかもギターを複数回ダビングしたような厚いものになる。味わいは、当然、バンドのそれを損なわない。
こうした技は、八十年代の半ば新人バンドのプロデュースをした際などによく使った。そうしたサウンドプロデュースの上でチープシック系テクニックの集大成が、私にとっては、スピアメンのファーストだった。
ということで、スピアメンについて書こうと思っていたのが、いきおいサウンドプロデュース関する話題になってしまった。
新しいスピアメンやΩについては、また、いずれ記すことがあろう。
〔了〕
【注1】一方で、音楽業界全体を見ると、この時期は、東京ロッカーズそして後のインディーズブームによって撤退、封印されたはずの旧芸能プロダクションシステムが息を吹き返し、既存の有力バンドと契約することで反撃を開始する時期にあたっている。メディアは、テレビの深夜番組枠を使いバンド運動を演出する。ムーブメント(のようなもの)をゼロから再構築することに成功する。ブーム化させることで流れを自分達のコントロール下においた。あとは、消耗させるだけである。私とスピアメンが出会ったのは、その前駆症状が至る所に見え隠れしていた時代である。
【注2】ここで紹介したような技は、キーペックスのような外部トリガー、あるいは外部CV(コントロールボルテージ)入出力があるノイズゲート、VCAがなければ不可能だ。完璧にスタジオの機材に依存するのである。それでも幾つかやり方はあって、ドラムのアタック信号のみを取り出すか、リズム隊のエンベロープ全体でエンベロープCV(コントロール電圧)を発生させ、それでコントロールしているVCA(電圧制御アンプ)に残響成分等(リバーブにリバースをかければかなりサイケだ)を通してとかいろいろあるし、音声信号からTTLレベルのゲート信号を作るなら、トランジスター数個で簡単に作れるのだ。また、市販のエフェクトでもノイズゲートやコンプには、まずVCA回路が搭載されているので、そのエンベロープ信号端子やトリガー端子に、簡単な直流ミキサー回路を介して、ゲート信号を流し込めば何とかなる……ので、今、私がここに数行に渡って書いたことの意味が即頭の中で再現できる方なら簡単なはずだ。もし貴方が、この数行の意味がチンプンカンプンだというような場合でも、気にしない方がいい。一昔前のサウンドエンジニアなら、これがわからないようでは問題だったのだが、いまやデジタル時代だ。さして重要ともいえない。
