サ・カ・ナ Sa-Ka-Na


サカナ達は待っている
水銀の海の底
サカナ達は待っている
漁師達の釣り針を

さびれた港町のきらめく朝の話
漁師達は船を出す 光に満ちた船出さ
水銀の海原に 朝日が砕ける
水銀の海原に 明日が砕ける

とんでけ カモメ くちはてた朝に
とんでけ カモメ 絶望の空を

僕たち、サカナ……

【解説】

この曲の歌詞は当初、ほんとうに短いものだった。1980年、初夏、スタジオマグネットにて録音されたオリジナル版は、歌詞を書き込みながら制作。その結果、上記の基本詞ができたのだ。
実際のバージョンやライブでは詩を即興で展開し、かなり饒舌な曲として披露されてきた。例えばアルバム『バビロン・ロッカー』では、この数倍の詩をインプロで歌いこんでいる。
どのバージョンにも共通しているのは上記の数節だ。
ちなみに、『バビロン・ロッカー』では不知火に加えて「荒川区民……、尾久町町民、ぼくたちサカナ、君達サカナ」と歌いこんだ末に「日本全国なかよくサカナ」と詩世界は展開していくことになる。

2001年 春   管原 保雄

【追記】

・不知火について

バビロンロッカーでは、

不知火の海の底、魚達は待っている、不知火の海の底 漁師達の釣り針を

という節が追加されている。
この不知火は地名である。
水俣は不知火海に面している。舟も無い夜に、海原に漁火(いさりび)のような明かりが見える、という当地の伝承があり、その灯火を不知火と呼ぶ。海上にゆらぐ人魂のようなものだろう。この、神秘的な御魂、不知火が浮かぶ海、それが不知火海なのである。

ちなみに、アルバムヴァージョンでは、東京都荒川区、尾久町(東尾久、西尾久の旧名)町民について歌ったのちに「不知火そして阿賀野川」と歌っている。この阿賀野川(アガノガワ)とは、水俣病と同じ症状の、重度の公害病(後に、これも水俣病と呼ばれるが……)が流域で発生した河川の名称だ。

不知火、そして、あっ、あ、あっ…阿賀野川……何処へ逃げても同じこと………

このように即興部分の詩は展開する。

・漁師について

また、漁師という部分。これは、イエス・キリストが、説法で彼自身の比喩として語られたそれにイメージを重ねている。この曲の想を得た当初、『天のさかな』と題していた。イメージを広げる為に単に『サ・カ・ナ』としたが、動機は他にもある。この曲をリリースした当初、『ニク』とか『サカナ』とか、生臭い食材を歌のタイトルとする例が従来になかったからだ。これが最大の動機かもしれない。

話を漁師に戻そう。漁師とはキリストである。そして魚達は漁師の釣り針を待っているのだ。キリストが投げる釣り針=宿命を待っているサカナ。このようなイメージを想起しなければ、ぼくたちさかな、という詩句は、単なるパロディ、ブラックジョークのように響いてしまう。それは私が意図するところではない。

ぼくたちは天のサカナ、である。

2004年 秋   管原 保雄

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